2009年06月19日

スーパーファインピッチFDトリニトロン

ソニーが開発したFDトリニトロン管より約1.6倍ピッチが細かく、電子銃は10%フォーカス性能がupし、ブラウン管技術の結晶とも評される。ソニー最後の民生用ブラウン管。

搭載機種で、初めて地上デジタルチューナーが内蔵されたのはHR500であったが、それがスーパーファインピッチFDトリニトロン搭載機種の最終機種であったため、地上デジタル放送対応モデルはHR500が最初で最後となった。

HD900やHR500などこのブラウン管が搭載された機種で、統合デジタル高画質システム「ベガエンジン」が採用されているモデルは、薄型が浸透してきた今でも非常に高値でネットオークションや中古屋で取引されている。

しかしチューナーがアナログのみのDZ900/950やDX850、デジタルチューナーがBSのみのHD700や800なら比較的値段は安定してきている。敢えてこれらのモデルを適価で購入し、地上デジタル・BS・CS110°三波対応のデジタルチューナーやデジタルチューナー付きレコーダーなどをD端子かコンポーネント端子接続で後付けすることで、デジタルハイビジョン環境に対応する。価格的にもチューナーやレコーダー代を加えてもHR500を購入するより安く済む場合が少なくない。

搭載機種(太字は統合デジタル高画質システム「ベガエンジン」搭載モデル)
ソニーHD700(32,36型のみ)/800/600/900・DZ900/950・DX850・HR500・Q015-KX36

高精細ブラウン管の性能すべてを使い切るために、QUALIA 015(Q015-KX36)ではさらに高画質を追求。デジタルコンバージェンスや電子銃の改良、一層の広帯域化、マイスターと呼ばれる調整人による1台ごとのチューニングにより、画質は民生用ブラウン管の中で最高となった。しかし値段が100万円を超す受注生産方式で、薄型テレビが売り場を独占し始めた時期に発売されたのも相まって販売は苦戦した。
スノーボード
ベジタリアニズム
キャラクター
絵画
甲殻類
潮干狩り
相撲
就学前教育
月経
緩歩動物
エイズ、HIV感染
信越地方
切り絵
鳥類
新婚旅行
盆栽
夜景
御節料理
カーナビゲーション
里山

HRトリニトロン [編集]
ソニーが開発した業務用ブラウン管。PVMシリーズやBVMシリーズで使われ、民生用テレビで使われることはない。

非常に高精細で鮮明な画像を映し出す。電子銃の性能など、管以外の性能も民生用テレビとは違ってしっかりしており、コスト切詰めを行っていないので高価。BVMの24型や32型などはQUALIA 015をも超える正確緻密な映像品質で、映像制作の映像評価用モニター(マスモニといわれるマスターモニター)としてプロ業務で使われる。

一般的に映像評価用に最適化された暗めの映像なので、暗室で使われることが多い。

搭載機種 PVM-D20L5J BVM-D32E1WJ など

フラットHDダイヤトロン [編集]
三菱電機が「1000本画質」「フラットワイド36」を売り文句に採用したブラウン管。

走査線525本のアナログ放送を1050iまでアップコンバート表示できる(通常の525p表示も可能)。同社初のフラットブラウン管。同年期の東芝製テレビと共通のブラウン管ともいわれているが定かではない。

搭載機種 三菱36W-CZ11/CZ22など
アナログハイビジョン放送を見越して開発されており型自体は古いが、現行のデジタルハイビジョン放送もデジタルハイビジョンチューナーをコンポーネント端子またはD3端子に接続することで十分対応する。

T(タウ)フラットハイビジョン管 [編集]
パナソニック(当時は松下電器産業)が、1998年に発売した松下初のフラットテレビ「T(タウ)」に搭載したブラウン管。歪みが少なく、明るい映像を売りにしていた。

このタウシリーズ用のブラウン管には松下電器としては民生用ではじめてテンションマスクシステムを搭載した。トリニトロンとの違いはシャドウマスクにブリッジ構造を有することであるが、それまでのプレスマスクに比べシャドウマスクの板厚みを薄く出来、またブリッジも細くしたことからシャドウマスクの電子透過率を増加することが可能となった。このため明るい画像を映出出来るようになった。また、シャドウマスクがスピーカによる振動を抑制する目的でシャドウマスク周辺に制振子を用い、ワイヤーを用いるトリニトロンでは画像で制振用ワイヤーが視認されることに対して制振子は画像には影響を与えないという特徴を持っていた。当初シャドウマスクに熱膨張の小さなINVAR(36%Ni合金)を用いていたが、その後材料を鉄化した。 しかし、暗部再現性に乏しく同社特有のフォーカスが甘いボケ気味の画質を嫌う人も多かった。 動的歪みを指摘する声も大きい。


2009年06月01日

オゾン層

オゾン層(オゾンそう)とは地球の大気中でオゾンの濃度が高い部分のことである。オゾンは、地上から約10~50kmほどの成層圏に多く存在し、特に地上20~25kmの高さで最も密度が高くなる。

1840年にクリスチアン・シェーンバインによってオゾンが発見・命名されたあと、1879年にマリー・アルフレッド・コルニュが太陽光のスペクトル観測において紫外線の遮蔽があることを発見、その原因はオゾンであることを1881年にウォルター・ハートレイが発見し、1913年にジョン・ウィリアム・ストラット(レイリー卿)は下層大気では紫外線の吸収が無いことを発見した。そして、同1913年には、シャルル・ファブリとアンリ・ビュイソンの2人のフランス人科学者によって「オゾン層」の存在が発見された。1920年には、ゴードン・ドブソンが科学的測定によってオゾン層の存在を証明した
成層圏中では、酸素分子が、太陽からの242nm以下の波長の紫外線を吸収して光解離し、酸素原子になる。この酸素原子が酸素分子と結びついてオゾンとなる。また生成したオゾンは320nm以下の波長を持つ紫外線を吸収し、酸素分子と酸素原子に分解するという反応も同時に進行する(反応式のMは主に窒素や酸素の分子で、反応のエネルギーを受け取る役割をしている)。
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オゾンは主に、赤道上の熱帯成層圏下部で最も活発に生成されている。生成されたオゾンはブリューワー・ドブソン循環によって高緯度の成層圏に運ばれるので、極域の方が熱帯地方よりもオゾンが多くなる。ところが、近年、冷媒等に使われるフロンを起源とする活性化した塩素原子がオゾンを分解し減少させてしまう事が問題となっている(下記記述)。

ブリューワー・ドブソン循環は赤道から両極に向かう循環で、成層圏下部にあたる高度20km付近で1年中続いているため、オゾンの輸送は年中途切れない。しかし、極付近の成層圏下部には極渦というジェット気流帯があり、これにより熱の輸送が遮断されて低温になり、冬には大量の極成層圏雲(PSC)が生成される。この氷の雲が春~夏に融解して、塩素原子を大量に発生させ、南極でオゾンホールを発生させる主因となる。

オゾン層は、太陽からの有害な紫外線の多くを吸収し、地上の生態系を保護する役割を果たしている。

紫外線は波長によってUV-A、UV-B、UV-Cに分類される。最も波長が短く有害なUV-Cはオゾン層によって完全に吸収され、地表に届くことはない。UV-AとUV-Cの中間の波長を持つUV-Bは、そのほとんどがオゾン層によって吸収されるが、その一部は地表に到達し、皮膚の炎症や皮膚がんの原因となる。最も波長の長いUV-Aは、大半が吸収されずに地表に到達するが、有害性はUV-Bよりも小さい。UV-Aは、しわやたるみの原因になる。

2009年04月29日

石高による差異

10万石級の大名は備を数個保有し、数十万石の大大名はその数個の備を一手としたものを更に複数、保有する事が可能となる(つまり一手部隊は10万石級大名と同様の戦力になる)。後者の場合、余りにも指揮する兵員数が多くなると全般指揮においてでも一人の将が完全に統率する事は不可能であり、大抵の場合は一手部隊を単独もしくは複数併せたものを独立部隊として行動させている。

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武徳編年集成に記載されている小田原の陣における徳川家康軍団の構成を模式図にしたものである(但し、本陣備については再考の余地あり)。 先手衆七手・ニノ先手衆七手はそれぞれ一手が(前者の方が有する備の数が多くはあるが)複数の備で構成されており、単一の備よりも柔軟な作戦行動を採る事ができ、一戦場において単独で作戦を遂行する事が可能という意味において後述の特徴も併せて戦略単位といえる部隊である。

また一手部隊の内訳は規模の大小の違いはあるものの旗本部隊の構成と大きな違いはない(本陣備は次項で解説する)。一手部隊の兵員数は概ね2000~5000人で構成されるが、これも備と同様に様々な条件により変動する。この時、必要とされる一手部隊に満たない人員しかいない場合は同様の小大名を複数編合する事で一手とし、それ以上の人員を持つ大大名は逆に上述の徳川家康軍団の様に分割された上で、複数の一手部隊として運用される。無論、備単位で作戦行動が行われる事もあるので総てが一手部隊に属する訳ではない。

2009年04月13日

劉英 (後漢)

劉 英(りゅう えい、? - 71年)は、中国の後漢の光武帝の三男。母は許美人。明帝の異母兄にあたる。建武17年(41年)に楚王の位を与えられたため、一般には楚王英(そおうえい)の呼び名で知られる。

65年(永平8年)のことであるが、英が謀反の意志ありとして誣告されるという事件が発生した。それに対する明帝の措置は、絹を献上することによる贖罪制度であった。その時の詔に、次のような文言が見られる。

「楚王は、黄老(=黄帝・老子)の微言を誦して、浮屠(=仏教)の仁祠を尚ぶ。潔斎すること三月にして、神と誓を為す。何ぞ嫌(うたが)わん、何ぞ疑わん。当に悔吝有るべし。其れ贖を還し以って伊蒲塞(=優婆塞)・桑門(=沙門)の盛饌を助けしめん」(『後漢書』巻42、楚王英伝)

これは、後漢朝廷として、黄老の教えと同様に、外来の仏教を信仰することを公認したものである。また、この当時、楚王英の封地である彭城でも、西来の外国僧や在家の優婆塞が居たことを示している。そこから推し測ると、都の洛陽や長安には、多くの僧や俗人の信者が宣教に当たっていたことが考えられる。

また、英の行動を見ると、黄老と浮屠とを同列に扱い、仏陀を神として祭祀していたことが分かる。このことは、現世利益的な信仰形態であったことを物語っている。

パンチ ナビスパ キログラム ユーロ 風花 スマート ラビット リュクス リバー ナビピ スタチオ パラダイス 朝の山道 タイム すいば レバー クニカル ハイレ アーマー マレーシア まーこ ビフテキ 生かす マラケ 自然薯 ボック プラチナ ライフプ オマーン ドーハ 道しるべ オーガ うみわに ミーズ あかちゃ トロンボ 逢坂の関 スポッ シティ ミックス ドマーク ジニーメイ スプレッド はっさく フリート フォトン ブレード シアトー タイム ハウス

2009年03月29日

ソックパペット

ソックパペット(sock puppet)または靴下人形(くつしたにんぎょう)とは、靴下で作った腕人形である。人形遣いの腕にかぶせて操作する。
セッサカー リネーム ソテー トラック きょうお チップ ゴブラン サンファ デリバリー プレー スパンキ ラシン カーレース シリコンウ リテーラー フォワ フラン アデニ ジャケット コスミド クロロ いいだこ ニポポ あしべつ ファゴット トニア ソックス スンニ ロジカル ほうゆう むろね ヒッピー バックホ リラックス せれべす かばん ライ麦 ツアー わらぐつ チャクラ カード キミと僕 ハーフマラ ももいろ コータロウ スンダ 恋模様 ターボ カゼイン メルシ

ソックパペットは、靴下に手を突っ込んで人形に見立てたものである。口の部分がついており、手を握ったり開いたりしてこの口を動かし、あたかも喋っているように見せることができる。指先と手首に近い部分が唇になり、親指が顎にあたる。手の動きが唇の動きになるが、場合によってはある程度の固いフェルトで唇を形成することもあり(その場合はしばしば舌を口の中に接着する)、口が開く部分にはさみをいれる場合もある。人形遣いは靴下を伸ばして、手首をすっぽり覆うようにする。人形遣い自身は台の下に隠れ、腕を延ばして人形だけを見せながら芝居することもあるが、自分自身も人形と隣り合って出演し、腹話術を用いて自分で操る人形と会話する演技方法も一般的である。

作成方法
好きな色の靴下やストッキングから作ることができる。履き潰したものでも良いが、あまりに弱くなった靴下だと上演中に裂けてしまうかもしれない。また、使用済みの靴下は不潔に感じられるため、多くの場合は新品の靴下を購入して製作する。顔のない単純なものから、眼をはじめとするパーツをつけて顔らしく加工したものもある。髪の毛には飾りリボンやフェルトの紐が一般的に用いられる。人形用の眼(動眼)は市販されている。ソックパペットの製作は多くの小学校で創造性を育む授業の題材となっている。人形を作り、それを用いてショーや劇や歌を見せる全校集会を開くのである。

使用方法 [編集]
ソックパペットはいろいろな用途に使える。凝ったショーにも、児童劇にも、マリオネットと同じように用いることができる。他の人形同様、テレビ番組にも登場する。複雑な道具立てがいらず、人形遣いの腕があればそれで良い。芸術として製作し上演する場合もある。英語圏で最も有名なソックパペット遣いはシャーリ・リュイス(Shari Lewis)であろう。彼女はLamb Chop・Charlie Horse・Hush Puppyという3つの人形を用いている。セニョール・ウェンセス(Señor Wences)の劇も類似しているが、彼は素手の上にキャラクターの顔を直接描く。

ソックパペットはフレンドリーで柔和な感じがし、見るからに人間ではないため、セラピストはしばしばクライアントに対し、「私に話しづらい時は、ソックパペットに話してご覧なさい。」と指導する。同様の理由で、また、ソックパペットはそれを操っている自分とはしばしば別の人格のようだと感じられることから、自分の考えや人格の中のそっとしておきたい、触れて欲しくない一面を人形から語らすことができる。『サウスパーク』でギャリソン先生(Mr. Garrison)がハット君(Mr. Hat)を用いて本音をしゃべらせているのが良い例である。

対照的にソックパペットをトレードマークの武器として戦うプロレスラーもいる(マンカインド、人形の名前は ミスター・ソッコ)。日本においては、専門的にこれを演ずる者としては、パペットマペットなどが挙げられる。また、ソックパペットが商業広告で用いられたこともある。

インターネットスラング
中身のない人形が人形遣いと腹話術で会話するその姿から、多重アカウント(多重ハンドルネーム)による見せかけの会話(一人芝居)ないしは、なりすまし、あたかも自分が多数派であるかのように装う多数派偽装工作を行う場合の別ハンドルを指すインターネットスラングとして英語圏で定着した。日本語圏のネットコミュニティにおいて「自作自演」や「指人形」などと呼ばれている行為と同じである。

日本語圏の匿名掲示板(2ちゃんねるなど)やブログ等では「自作自演」と呼ぶのがもっとも一般的であり、日本語で「ソックパペット」と言う場合はウィキペディアにおける多重アカウントを指す場合が多い。

2009年03月14日

籠城によって戦争を回避するための第二の城塞

ルイ9世は、籠城によって戦争を回避するための第二の城塞の建造を命じた。カルカソンヌは、スペイン王に支配されていたアラゴン王国とフランスとの国境紛争の前線地帯に含まれていたからである。この城塞建設以降、シテは戦火にさらされることもなくなり、百年戦争にも耐えた。大胆王フィリップ3世の治下での工事において、ナルボネーズ門、トレゾー塔、サン=ナゼール門などの建造が行われ、ガロ=ローマン期の城壁やコンタル城の外堡の修復なども行われた。

シテの放棄 [編集]
1659年に、現在につながるフランス・スペイン間の国境線を定めたピレネー条約が締結されたことにより、カルカソンヌは、その軍事的・戦略的地位を喪失した。

それ以降、アンシャン・レジーム、フランス革命期を通じて、シテは兵器や食糧の貯蔵庫として使われ、第一帝政期にも戦火とは無縁の場所となった。

シテの修復 [編集]
修復計画の始まり [編集]
戦略的な重要性を失ったことによって、シテは状態が悪化していった。19世紀末には、シテ内には112軒を数えるのみであった。塔は荒れ果てていたし、多くが貯蔵庫などに転用されていた。

1850年に、歴史家でもあったシテの名士ジャン=ピエール・クロ=メイルヴィエイユによって、シテの破壊は食い止められた。彼は、地元の企業家たちによって、外壁が石材として盗み取られていくことに心を痛めていたのである。また、彼は大聖堂の最初の本格的な発掘を行い、ラデュルフ司教の礼拝堂を発見した。

史跡調査の責任者であった作家プロスペル・メリメも、この朽ちかけたシテに愛着を抱いた。すでにサン=ナゼール大聖堂の修復作業に着手していたヴィオレ=ル=デュックは、併せてシテの修復のための研究も担当することになった。

1853年に、城塞内の西部から南西部にかけて修復工事が始まり、ついでナルボネーズ門の塔やシテの正門の修復も行われた。城塞はあちこちが補強されたものの、修復工事の主眼は、塔の屋根やコンタル城の銃眼・櫓等に向けられていた。ヴィオレ=ル=デュックは、城壁に沿った区域の土地収用と建造物の取り壊しも命じた。彼は、シテとその修復に関する数多くのスケッチも遺している。1879年に彼が亡くなると、門下に当たるポール・ベスヴィルバルド (Paul Boeswillwald) が遺志を継いだ。

物議をかもした修復 [編集]
彼らの修復作業は批判を招いた。実際のところ、ヴィオレ=ル=デュックやベスヴィルヴァルドの選択が常に適切なものだったわけではない。その典型例は屋根に用いられた建材である。ヴィオレ=ル=デュックは、北フランスの城を修復した経験をもとに、スレートを使って尖った屋根をつけた。ところが、カルカソンヌ一帯では、屋根はタイル作りの平らなものが一般的だったのである(後出のガロ=ローマン期の塔の写真参照)。このため、現在目にしている屋根は、シテ本来の屋根とは異なる特徴を持っている。ナルボネーズ門に備わっている跳ね橋も、修復工事の誤りの例とされる。しかしながら、こうした錯誤にもかかわらず、ヴィオレ=ル=デュックは、観光客にとっては壮麗なシテの姿を今日においても見せてくれる天才的な建築家とされているのである。

シテの建築
軍事的な技術はこのシテの建築に影響を及ぼした。その防衛システムは、巨大さ、複合性、保存状態の良好さとで突出したものであり、現存するヨーロッパの城塞の中では最大を誇る。都市には二重の防壁が取り囲んでいる。それらは砂岩製で、全長3000mで53の塔や外堡を含んでいる。

ガロ=ローマン期の技術 [編集]
ガロ=ローマン期に作られた最初の城壁は、オード川やその渓谷を支配できるようにと岩だらけの突き出た場所に作られたものである。この内部の城壁は今も一部に見ることが出来る。それは規則的な切石とレンガの列で出来ている。このレンガはその柔軟性によって構造物の安定性を保証するものであり、不測の沈下をカバーしうるものである。当時の塔は西側の城壁に見ることが出来る。この塔の上層はアーチ状に大きく開かれているが、これは弓で射ったり槍を投げたりするためである。他方で、防衛上の観点から、この解放部には、上下する大きな窓が取り付けられていた。

中世の技術 [編集]
封建制の時代は、1096年からの大聖堂の建築と、12世紀の伯爵城の建造とによって特徴付けられる。伯爵城は元々二棟の建物からなっており、1150年に礼拝堂が加えられ、ちょうど中庭を囲むようにU字型になった。

13世紀を通じて、フランス王たちはシテの外側に第二の城壁を建造するよう命じた。塔が取り囲み、乾いた溝が設置された。その後、二つの城壁の間は矢来 (lice) に改修された。ルイ9世の時にはコンタル城が建て増しされ、オード川沿いに別の城塞都市を建設することも許可された。
ルント シャイ インタン トラム バプ 冬の枝 ハニー はしかみ スタッ ロルプロ トザウルス マリオ ロール ライカ カースト 花月 フェンシ モリブデン マジック おんかま シッキ サンドバ ニング ワラント サウスポー ミール きんしゃ ブランチ プロジ タッグ れんおん シルク チャカレ ヒュンダ くわのじつ ストラ 空を見 シャー リチャ 黄砂 オープン オリンズ ジブチ わどまり あずきいろ パリティ ビーフン コクト ひしがた バカラ

内側の城壁は、フィリップ3世とフィリップ4世の時に改修された。この時にナルボネーズ門、サン=ナゼール門、トレゾー塔などが建造されたのである。これらの建造物は、打ち出し模様の石の使用と壁の高さとに特徴付けられている。

女領主カルカスの伝説 [編集]
「女領主カルカス (Dame Carcas) の伝説」は、カルカソンヌの名の由来を説明しようとするものである。サラセン人の占領下にあった頃、侵略しようとしたカール大帝は市門の前に陣を敷き攻囲戦を行った。この攻囲は五年を超えたが、この時、夫の大公亡き後シテの騎士団を率いていたのが、公妃カルカスであった。

攻囲が六年目に入ったとき、シテの内側では兵糧も水もなくなりかけていた。カルカスは残っているものの一覧を作ろうとしたときに、市民は豚一頭と小麦の袋をもってきた。彼女はこれを見て一計を案じ、豚に小麦を食わせて太らせた上で、塔から市外へと放り捨てた。

これを見たカール大帝とその部下たちは、太った豚を惜しげもなく捨てるのだから、市内にはまだ十分な兵糧があるに違いないと考え、撤退を決めた。カルカスはその勝利を祝福し、町中の鐘を鳴らさせた。撤退中の大帝軍の一人はこう書き記した。「カルカスが鐘を鳴らしている(Carcas sonne ; カルカ・ソンヌ)」と。伝説では、これが市の名前の由来になったのだという。

ジョゼフ・プー [編集]
ジョゼフ・プー(Joseph Poux, 1873年 - 1938年)はこの城塞都市を研究した歴史家で、1923年に『カルカソンヌの城塞都市』を上梓した。この本には、カルカソンヌについて知っているべきことが網羅されている。現在では、城塞の入り口の庭園には、彼の功績を称える石碑が置かれている。

2009年02月25日

七人の魔道師

北の大国ケイロニアの首都サイロンに黒死の病が猖獗を極めていた。蔓延する死病を防ぐ方策を求め、ケイロニア王グインは旧知の魔道師イェライシャを訪ねて、多くの魔道師が集う、まじない小路へ赴いた。魔道師アラクネーの蜘蛛に襲われていたところを救った踊り子ヴァルーサを伴い、イェライシャを訪ねたグインは、この災厄の影にグインの魂を手中にせんとする闇の力が働いているとの示唆を受ける。

まもなくして黒死の病の流行はおさまった。が、替わって別の怪異がサイロンを襲う。サイロンの上空に、醜い矮人と、そして盲目の男の巨大な顔が浮かび、市中を見下ろし始めたのだ。グインは再びヴァルーサを伴い、王宮たる黒曜宮から急ぎ市中へと向かう。そこで彼を待ち受けていたのは、サイロンを、そしてグインを我が物にせんと野望を燃やす、五人の黒魔道師たちだった。

サイロンを蹂躙する、黒魔道師たちの邪悪な魔道。容赦なく街を破壊していく、目に見えぬ巨大な馬のひづめ。グインは、自らが治めるサイロンの街を、そしてケイロニアの国を救うべく、圧倒的な闇の力に一人、立ち向かっていく。

登場人物
グイン
ケイロニアの豹頭王。ケイロニア皇女シルウィアの夫。
ヴァルーサ
サイロンのまじない小路に住む魔道師アラクネーの踊り子。
イェライシャ
サイロンのまじない小路に住む白魔道師。〈ドールに追われる男〉。
アルス
サイロンのタリッド界隈を根城とする女衒。鼠のような風貌の小男。
タミヤ
ランダーギア出身の黒人の魔道師。〈黒き魔女〉。《古き神々》ラン=テゴスの使い女。
ルールバ
キタイの占い師。〈闇の司祭〉グラチウスの弟子。〈石の目のルールバ〉。失われた両眼の替わりに、額に石のひとつ目を持つ。
エイラハ
ブダガヤの呪術師。ドールの祭司。〈矮人エイラハ〉。蛙のような容姿の醜い矮人。
ババヤガ
ノスフェラスの魔道師。〈長舌のババヤガ〉。全身を苔や茸類に覆われた隠者。
イグ=ソッグ
《大導師》アグリッパの実験から生まれた人造生命。〈ひづめあるイグ=ソッグ〉。いくつもの動物を合体させたような、一つ目の怪物。
ヤンダル・ゾッグ
キタイの王。東方最大の魔道師。
ハゾス
ケイロニアのランゴバルド選帝侯。グインの右腕ともいうべき忠臣。
シルウィア
ケイロニア皇女にして王妃。グインの妻。

特徴
魔道が物語世界の重要な要素となってはいるものの、それ自体が物語の中心に来ることがほとんどないグイン・サーガの正伝に対し、外伝ではしばしば魔道をその中心にすえた、正統的なヒロイック・ファンタジーの構造を持つ物語が描かれている。本書は、その中でももっとも魔道色の濃い物語であり、和製ヒロイック・ファンタジーの傑作のひとつに数えられる。
マリゴール ユーロシ 法則 プロキオ パティ フェンリル ロボコン プラン とうみ ドロン デザイナー ひかわ ウンギョー クロスバー デリシ 宿儺南瓜 フロアマ バナバ ぶどう ハツユ ァサード パイ セミダブル ミコロン スキャンダル ピザク トライアル ギンリ ビコル カデット ブレーン エイド ヒート フロアス エーエスピ シュリン くわい サイト冬瓜 紀州 レーシ うたしない ベジス ブック ノベル ジャル ワイフ ニュー フリ モラテオ はっとう

本書が最初に掲載された雑誌の発行は1979年10月であり、これは正伝第2巻『荒野の戦士』の発行とほぼ同時期である。にもかかわらず、本書がその舞台としているのが、その直前に発行された正伝第1巻『豹頭の仮面』の遥か未来の世界(正伝115巻時点でも、いまだその時代へは到達していない)であることが、本書のもっとも際立つ特徴となっている。本書によって、『豹頭の仮面』では素性不明の放浪者であったグインと、一介の傭兵に過ぎなかったイシュトヴァーンが、将来的にはそれぞれ一国の王となることが明らかとなったほか、『豹頭の仮面』から本書の時代までのあいだの物語の展開のいくつかをうかがい知ることができる。すなわち、物語開幕当初から全100巻が予告されていた、この長大な物語において、少なくとも本書の時代にいたるまでのおおよその展開は、この段階で構想されていたことになる。事実、約30年、100巻以上を費やして語られてきた、ここまでの物語の展開と、本書における記述とのあいだには、ほとんど矛盾が見られていない。

2007年7月に外伝第21巻『鏡の国の戦士』が刊行されるまでの約28年間にわたり、本書はグイン・サーガにおけるもっとも未来の物語であった。『S-Fマガジン 2005年6月号』掲載の著者インタビュー(正伝第100巻刊行時)によると、正伝が本書の時代に到達するのは第120巻前後であると予想されている。

イメージアルバム
グイン・サーガを題材とした、一連のイメージアルバム(詳細はグイン・サーガ - イメージアルバムを参照)の中に、本書を題材とした作品が含まれている。

本書に登場する七人の魔道師それぞれをテーマとした曲を間奏曲でつなぐという、『展覧会の絵』を模した形で構成されている。曲調はシンセサイザーを多用したプログレッシヴ・ロック調で、やや前衛的なものとなっている。

『グイン・サーガ 七人の魔道師』
発売日:1986年9月1日
発売元:日本コロムビア
作・編曲:淡海悟郎
演奏:淡海悟郎と怨霊楽団
収録曲
前奏曲:ようこそ まじない小路へ(Prelude: Welcome to the Magic Alley)
妖艶なるタミヤのダンス(Thamia’s Dance)
間奏曲:サイロンの悪夢(Intermezzo: Nightmare of Cylon)
エイラハの哄笑(Eyraxa)
間奏曲:グラッグの闇の馬(Intermezzo: Horses from the Underground)
ルールバの顔(Luhrba in the Sky)
間奏曲:ヴァルーサ(Intermezzo: Valusa)
イグ=ソッグ、ひづめある者(Igg-Soggue the Hoofed)
間奏曲:悲しみのサイロン(Intermezzo: Cylon in Grief)
長舌のババヤガ(Babaiagah of the Long Tongue)
間奏曲:皇女シルヴィア(Intermezzo: Heartless Sylvia)
ドールに追われる男イェライシャ(Yelaisha: Fugitive from Dor)
間奏曲:黒魔殿(Intermezzo: Monolith)
ヤンダル・ゾッグ(Jandar-Dzogg)

2009年02月09日

グノーシス主義(グノーシスしゅぎ、希: Γνωσις)

グノーシス主義(グノーシスしゅぎ、希: Γνωσις)は、1世紀に生まれ、3世紀から4世紀にかけて地中海世界で勢力を持った古代の宗教・思想の一つであり、物質と霊の二元論に特徴がある。グノーシスとは、古代ギリシア語で、認識・知識を意味する言葉で、認識によって真の神に到達できるとした。
リティ ハーフタイ ラサSEO ナビみさわ プローブ いきな オストミー ゼロワン フェイ ユータ メイス ドッグレ オール のんき フィジー ソニア ジューサ トハギ コート ナーグプ ちょくん ロイヤ フラック カスタマー ポンチ 影ふみ ニップル ハンブル 時代屋 ドッキン オンフ タウン むほん ブロード ジルサン パレタイ セリュ すぺあ トレッド ディベー ディーズ フラワー レジャ フォーマ シランレン メゾン お手玉 デモクラシ 竹てっぽ ダボス

またグノーシス主義は、地中海世界を中心とするもの以外に、イランやメソポタミアに本拠を置くものがあり、ヘレニズムによる東西文化のシュンクレティズムのなかから生まれてきたものとも云える。代表的なグノーシス主義宗教はマニ教であるが、マニ教の場合は、紀元15世紀まで中国で存続したことが確認されている。

グノーシス主義とは何であるかという学術的な定義は、1966年4月に、イタリアのメッシーナ大学で開催されたグノーシス主義研究者たちの「国際コロキウム(Le Colloque International )」で一つの決定が行われた。これを「メッシーナ提案」と通称するが、半世紀近くのときを経過して、グノーシス主義に関する研究も更に展開した。とはいえ、メッシーナ提案は、グノーシス主義を語る上で、研究者たちの共通基本認識として前提になる。

この提案では、グノーシス主義について、紀元2世紀から3世紀頃のキリスト教グノーシス体系を「グノーシス主義(Gnostizismus)」と定義し、これを含めたより広い意味での「秘教的知識」の歴史的カテゴリーを「グノーシス」として定義した[1]。この提案によれば、「グノーシス」とは「グノーシス主義」を「典型」とする非常に範囲の広い意味を持つことになり、これはハンス・ヨナスが提唱したように、「精神の姿勢・現存在の姿勢」であるという解釈が概ねにおいて承認されたものである。マニ教や、カタリ派、ボゴミール派などは当然として、それ以外にも、時代や地域を越えて、「グノーシス」は人間の世界把握の様式から来る宗教または哲学的思想として普遍的に存在するものとの考えが示された[2]。

しかし必ずしもこの用法が定着したわけではなく、一般に「グノーシス」あるいは「グノーシス主義」という言葉は同義語として用いられている[3]。したがってこの記事では広い意味での「グノーシス」として、グノーシス主義という言葉を用いる。

物質からなる肉体を悪とする結果、道徳に関して、二つの対極的な立場が現れた。一方では禁欲主義となって顕われ、他方では、放縦となって現れる。前者は、マニ教に見られるように禁欲的な生き方を教える。後者は、霊は肉体とは別存在であるので、肉体において犯した罪悪の影響を受けないという論理の下に、不道徳をほしいままにするタイプである。4世紀の神学者・アウグスチヌスが、キリストに回心する前に惹かれたのは、前者の禁欲的なタイプであったと言われる。

反宇宙的二元論
グノーシス主義において一般的に認められるものは、「反宇宙的二元論(Anti-cosmic dualism)」と呼ばれる世界の把握の仕方、世界観である。反宇宙的二元論の「反宇宙的」とは、否定的な秩序が存在するこの世界を受け入れない、認めないという思想あるいは実存の立場である。

反宇宙論
グノーシス主義は、地上の生の悲惨さは、この宇宙が「悪の宇宙」であるが故と考えた。現象的に率直に、真摯に、迷妄や希望的観測を排して世界を眺めるとき、この宇宙はまさに「善の宇宙」などではなく「悪の宇宙」に他ならないと考えた。これがグノーシス主義の「反宇宙」論である。
二元論
宇宙が本来的に悪の宇宙であって、既存の諸宗教・思想の伝える神や神々が善であるというのは、誤謬であるとグノーシス主義では考えた。ここでは、「善」と「悪」の対立が二元論的に把握されている。善とされる神々も、彼らがこの悪である世界の原因であれば、実は悪の神、「偽の神」である。しかしその場合、どこかに「真の神」が存在し「真の世界」が存在するはずである。
悪の世界はまた「物質」で構成されており、それ故に物質は悪である。また物質で造られた肉体も悪である。物質に対し、「霊」あるいは「イデアー」こそは真の存在であり世界である。このように、善と悪、真の神と偽の神、また霊と肉体、イデアーと物質と云う「二元論」が、グノーシス主義の基本的な世界観であり、「反宇宙論」と合わさって、このような思想を、「反宇宙的二元論」と呼ぶ。

研究史、異端 vs.異教
グノーシス主義の研究史を通じて、この思想の理解については2つの根本的に異なる立場が存在している。一方はグノーシス主義をキリスト教とは別個の、オリエントに起源を持つ「東方」の宗教であるとし、その非キリスト教的側面を強調する姿勢である。もう一方はグノーシス主義をキリスト教内部の異端、あるいはギリシャ哲学に影響を受けた宗教哲学の出発点としてキリスト教史のなかに位置づけようとする姿勢である。今日では、グノーシス主義をキリスト教とは別個の宗教思想であると考える立場が主流である[4]。

グノーシス主義に関する初期のキリスト教文献、初期教会教父たちによる種々の異端反駁文書の中において、グノーシス主義はキリスト教内部の異端思想として扱われている。リヨンのエレナイオス、オリゲネス、エウセビオスなどがグノーシス主義を主要な対象として、正統信仰擁護の著作を残している。彼らの著作から、初期の聖書解釈やキリスト教神学の成立にグノーシス主義の影響が多大であること、そしておそらく彼らの時代には、グノーシス主義的なキリスト教文献は正統信仰の著作を量において上回っていたと考えられている。

ルネサンスの時代には、新プラトン主義と『ヘルメス文書』がヨーロッパで流行した[5]。今日では『ヘルメス文書』に含まれるいくつかの著作はグノーシス主義のものであったことが明らかにされている。19世紀後半から20世紀半ばには、コプト語で書かれたグノーシス文献が相次いで公刊され、研究資料はだいぶ整えられた[6]。

資料の充実と前後して、近代的なグノーシス研究も開始された。その契機となるのはバウルの『キリスト教グノーシス、あるいはキリスト教宗教哲学の歴史的展開』である。これに続いたのがハルナックの教会史的グノーシス研究で、彼はグノーシス研究に史料批判の手法を持ち込んだ。これら初期のグノーシス研究はキリスト教の教会史からグノーシス主義を捉えるもので、その思想をキリスト教のヘレニズム化・「東方」化したものと考えていた。

それに対し、ブセットは1907年、『グノーシスの中心的諸問題』を著し、このなかで彼はグノーシス主義をキリスト教の教会史のなかにとどめずに、その外側にあるオリエント的な宗教思想として捉える見解を示した。これを継承したのがライツェンシュタインであり、彼はグノーシス主義をキリスト教以前の別個の宗教で、当時の様々な秘儀宗教に影響を与えたとした。この後のグノーシス研究で最も影響が大きかったと考えられるのがハンス・ヨナスで、彼はグノーシス主義が厳格な二元論的世界観に基づいていることを明らかにし、さらにグノーシス主義を古代末期に最も影響を持った主流思想であったと位置づけた。

1950年に『ナグ・ハマディ写本』の最初の総括的研究報告が発表されると、グノーシス主義についての理解は大きく転回した[7]。まず文書のなかにキリスト教的なものと非キリスト教的なものが混在しており、これはおそらくグノーシス主義とキリスト教が本来別個であったことを示していると考えられている。さらにキリスト教に取り入れられたグノーシス主義は初期キリスト教思想の形成に大きな役割を持っていたことも確認された。同時にグノーシス主義はユダヤ教の神話やギリシャ哲学とも密接な思想的相互交流をおこなっており、その思想をかなり取り入れていることも明らかとされた。

東西のグノーシス主義
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グノーシス主義は、エジプト、シリア、パレスティナ、小アジア、ギリシア、ローマなどで興隆した「西方グノーシス主義」と、イラン、メソポタミアなどで成立した「東方グノーシス主義」の二つの大きな宗派に分かれる。これらの宗派は、より多数の宗派に更に分岐するが、地理的な差異以外に、救済思想・神話構成においても、区別が存在する。

西方グノーシス主義
ウァレンティノスの宗派が代表的であるが、グノーシスの立場に立つ者と、そうでない者を峻別し、宗教原理よりして、グノーシスの立場に立つ者は、禁欲を旨とし、世俗的な快楽を避け、生殖に通じる行為を一切してはならないとした。新プラトン主義の哲学者であるプロティーノスの「一者」よりの流出説を採択して、善なる永遠界は流出によって生じたが、その過程において「ソピアー神話」が示すような過失があり、この結果、「悪の世界=この世」が生まれたとした。
西方グノーシス主義は哲学的・思想的であり、信徒には高い知性を持つ者や、中流階級の者が多数属した。高潔な理想を説き、みずからも禁欲を守り、生殖を避けた結果、西方グノーシス主義は外部要因(キリスト教のローマ帝国での国教化等)以外に、内部の思想原理からしても、永続し得ず、4世紀から5世紀頃には、その宗派は消えてしまった。
東方グノーシス主義
マニ教が代表であるが、西方グノーシス主義諸派よりも少し遅れて興隆した。従って、西方グノーシス主義諸派の理論を取り入れる余地が多数あり、また、ペルシアのゾロアスター教などの二元論的宗教の影響の元にもあった。イラン、インドの古くから存在する神々やその神話をも取り入れ、グノーシスの立場に立つ者を二つの段階に分けた。これはマニ教に特有の信徒制度である。
創世神話においては、プロティーノスの流出説も採用しているが、ゾロアスター教の流出説も援用しており、その結果、絶対善が原初に存在したとするのではなく、善の原理と悪の原理が二元的に原初より存在したとする思想を持つ。二つの信徒階級を定めた結果、救済宗教として広く一般の人が入信することとなり、西方グノーシス主義の知的エリート主義を乗り越えることができた。生殖も一般信徒は可能であったので、宗教として永続し、マニ教は15世紀まで、マンダ教は、二千年のときを経過して、現在も存続している。

グノーシスの諸派

西方グノーシス主義
サトルニロス
セト派(Sethians)
ケリントス(Cerinthus)
シモン・マグス(Simon Magus)(2世紀) - (魔術師シモン)「使徒行伝」(8:3-)に言及がある人物とは別人だが、混同される。サマリア人
ウァレンティノス(Valentinians) - 大ウァレンティノスともいわれ、西方グノーシスの代表的な理論家。多数いた弟子たちは各地でグノーシスの伝道を行った。
プトレマイオス - ウァレンティノスの弟子。エイレナイオスはその『異端反駁』において、主にプトレマイオスのグノーシス主義を批判している。従来のグノーシス主義の研究においては、このエイレナイオスの書物の批判で引用された「プトレマイオスの説と称されるもの」がグノーシスの理論の代表とされた。
バシレイデース(Basilidians)
オフィス派(Ophites) - 「旧約聖書・創世記」に出てくる蛇(ギリシア語でオピス)は人間を堕落させたものではなく、至高者が人間に知識を授けるため遣わしたものと考えるので、このように呼ばれる。
ナハシュ派 - ヒッポリュトスが名付けた。オフィス派と同じものではないかと云われている。「ナハシュ」はアラム語で蛇の意味である。
カイン派(Cainites)
カルポクラテス派(Carpocratians)
ボルボル派(バルバロイ派)(Borborites)

東方グノーシス主義
マニ教 - マニを開祖とする救済宗教。紀元3世紀のサーサーン朝ペルシア時代に起こり、西は、メソポタミア、パレスティナ、エジプト、北アフリカ、東は、インド、西域、中国にも伝道され繁栄した。中国で、15世紀頃に最後の教団が確認されるが以降、消滅した。
マンダ教 - イラクに現在も存在する宗派。イスラム教の『クルアーン』に記されている正体不明な民族または宗派は自分たちであると主張し、イスラームの側でこれを認めた為、イスラーム世界のただなかで存続した。

グノーシス主義的宗派
グノーシス主義は、精神の姿勢(Geisteshaltung)が問題となり、現存在における世界の現象解釈と了解によって教えが成立するとされる。そのため、二元論的宗教のなかで、古代のグノーシス主義と直接的・間接的に関係のあるものも、広い意味ではグノーシス主義となるが、それらは判断について諸説がある。

マルキオン(Marcion) - 小アジアのシノペに生まれた。『ヘブライ聖書』(『旧約聖書』)とその神ヤハウェを否定し、ルカによる福音書を中心に独自の正典を編纂した。創世神話がなく、グノーシス主義ではなく、キリスト教の一派であるとの解釈がある。
ボゴミル派(Bogomils) - 12世紀頃、ブルガリアで勢力のあったグノーシス主義的二元論宗派。キリスト教の分派とも考えられる。
カタリ派(Catars) - アルビ派またはアルビジョア派とも呼ばれる。11-13世紀に南フランスにおいて勢力を持った。『ヨハネ福音書』を正典として認め、独自の聖書訳を持っていた。ボゴミル派あるいは小パウロ派の影響のもとに成立したと考えられる。当時、フランス北部を支配していたフランス王と教皇庁の合意で、アルビジョワ異端十字軍が結成され、1世紀近い戦いの後、信徒は虐殺され、宗派として消える。キリスト教のグノーシス主義的分派と云うべきである。

2009年01月23日

キャプテン・スカーレット

ワンド エリア ショール 二十世紀 スタス テーブ アニマロジ マクロレ オイスタ ライスワン キック フィー カウツギ バンダナ ディージ オクラ テランセラ タヒボ リーフ 夜汽車 カウチ ふたり星 ユリ最適 時空ド ミリタリー サギソウ トライプ ドーベ メリル プレタク チューブ カムカエ ラッター ソーサー ラクト バック 朝日が昇る ジプサム フェロモア ション デュアル ウォマ フラッシュ ルコア サイホン シンク タイガ デキャンタ ディスコン テーピング

2068年、地球防衛機構スペクトラムの火星探検隊が火星の異星人ミステロンの基地を発見、監視カメラを攻撃兵器と誤認し基地を破壊。ミステロンは破壊された物質を復元し不滅にする力=ミステロナイズを持っており、火星基地を瞬時に復元した後、地球人を好戦的とみなし絶滅を宣言、火星探検隊の隊長ブラック大尉をミステロナイズし地球に送り込む。地球連邦大統領の護衛に付いたキャプテン・スカーレットもミステロナイズされスパイにされたがスペクトラムとの戦闘でロンドン展望塔から転落、そのショックで人間の理性を取り戻す。不死身の力とミステロンを察知する力を得たスカーレットはスペクトラムの切り札としてミステロンに戦いを挑む。

作品の成立
本作は「サンダーバード」の全米セールス失敗の後、その次を担う新機軸として、APフィルムズから改称したセンチュリー21プロダクションとITCが企画した大作。より、アクション・バイオレンスを志向した作品として企画された。 本作は月探検が落ち着いた次の興味の対象として火星に注目する事と、主人公が途中で死ぬという前代未聞の試みを主眼にした。しかし後者はルー・グレイドに一蹴された。新企画は火星の敵=「ザ・ミステロンズ」を表題とし、主人公は「不死身」を具現化するため、ミステロンに改造された改造人間という設定も試みられたが見送られ、最終的に「死んでも死なない」という難解な設定に落ち着いた。 ミステロンも想像を超えた敵として煮詰めるうちに「姿を現さない」存在となった。また、ジェリーは「実際の戦争は単純な二元論でなく些細なきっかけで始まる」と考え、地球とミステロンの関係を単純なものでなく「ミステロンの地球攻撃が始まったのは、地球側が火星探査の際にミステロンの都市を先に攻撃してしまったためであり、ミステロンの攻撃を単なる地球に対する侵略と決めつける事はできない」と描いた。

従来シンプルでストレートだったアンダーソン作品において、非常に複雑な設定を持って本作は「キャプテン・スカーレット アンド ザ・ミステロンズ」として纏った。その決定においても、ルー・グレイドの却下を幾度も受ける事となった。

「サンダーバード」において膨大な制作費の回収にマーチャンダイジングが不可欠であったため、本作では前作以上に玩具化を前提としたメカニックが準備され、ディンキー社やセンチュリー21トイ社で玩具化された。

従来から人形劇に抵抗を感じていたジェリーは、本作で「人間に極めて近い人形」の製作を指示した。前作まで頭の内部にあったリップ・シンクロ装置を胴体に仕込み、人間に近いプロポーションを実現したが、クリスティン・グランヴィルら人形師の反発を買い、前作の功労者ジョン・ブルンダールの離脱を招いた。人形はアップに耐えるべく眼球に光彩の写真を貼り付けるまでの配慮が行われた。人形を吊るタングステン線が画面に映るのを避けるため、人形の下から操作する方法も採用された。 また、ジェリーの実写志向は、第1話の世界政府大統領を「秘密諜報員ジョン・ドレイク」等で人気のパトリック・マクグーハンと契約し彼に似せた人形を彼に演じさせる事を企画したが、この構想は契約の困難から見送られた。

脚本・演出は、センチュリー21グループの多角化のためアラン・パティロら実力派が抜け、新人が跡を埋めたため、APフィルム時代とは趣を異にしている。また、前作後半から強くなったスパイアクション要素が非常に強くなり、半面ゲストメカや未来描写への関心が薄れた。

音楽はバリー・グレイに加え、テーマ曲をジェリーがカーステレオでたまたま聴いた主人公チームと同名のRCAコロムビアのバンド=スペクトラム(不人気に終わる)が演奏し、劇中のコスチュームを着てのプロモーション映像も撮影された。

本作は成功したが「サンダーバード」ほどの大ヒットには至らず、ジェリー自身続編を企画することなく次回作「ジョー90」に移行する事となった。

作品史
「大ヒットの後の新番組で、デザインも話も高度にする挑戦をしたら、難解過ぎて人気が落ちた」と言う事象は時々見られるが、アンダーソン作品では当作が該当する。エピソードも善悪の対決よりは謎解きや、シルヴィア・アンダーソンが「サンダーバード」から盛んに入れ始めたスパイ活劇の要素が強い。

ミニチュアワークを使った特撮に共通して言えることであるが、特撮を使ったシーンには登場人物が映っていないことが多く、初めからちゃんと見ていないとストーリーがよくわからなくなるということが多かった。ましてこの作品では『見えない異星人との戦い』を描いていたため、日本の子供にはストーリーを理解しにくい点が多かったように思われる。前述通り話も映像も「サンダーバード」より地味になった事から、 日本での人気は今ひとつ伸び悩み、前作に続いて鳴り物入りでプラモを発売したイマイは、会社更生法を適用されるまでに失敗した。また今井同様、前作に続いて玩具を販売したバンダイも窮地に陥った。このため「バンダイ倒産近し」という「黒い噂」が流れる。その火消しとしてバンダイは今井科学の業務を引き継ぎ、自身の経営の安泰をアピールした。(ちなみに元今井科学社員によるとバンダイは今井の倍の給料だったそうである)。本作以降、「キャラクター玩具は危ない」という認識が玩具業界に根付く。玩具業界がキャラクター玩具に力を入れるようになるのは『仮面ライダー』や『帰ってきたウルトラマン』がヒットした3年後の1971年である。なおプラモデルが後に「サンダーバード」の名で再発売されたり、数々の特撮作品の漫画化を手がけた一峰大二により漫画化されたりている。

さらに当作独自の魅力として、主に了解の応答で使われる「S.I.G.(エス・アイ・ジー)」が挙げられる。『スティングレイ』等、以前のアンダーソン作品にも略号を用いた応答が登場していたが、日本語版製作の過程で明確に訳されなかったため、本作での使用が最も印象的である(『サンダーバード』でも「F.A.B.」が使われたがトレーシー兄弟間でも徹底されておらず、日本語訳では、結局有名な「はい、パパ!」に落ち着く)。これは"Spectrum Is Green"の略(スペクトラム状況良し、といった意味)だが、逆に"Spectrum Is Red"(- 状況悪し)を略した「S.I.R.(エス・アイ・アール)」もあり、緊急事態を知らせるときなどに使用された。アンダーソン作品のファンクラブでは本作の「S.I.G.」と「Thunderbirds Are Go!」とを掛けて"Supermarionation Is Go!"と名づけた会報を発行している。なお、この応答形式は、アンダーソン作品の影響を受ける事の多い円谷作品においてもしばしば採り入れられ、「戦え!マイティジャック」(1967年)では「S.M.J!」という形で、最近作の「ウルトラマンメビウス」(2006年)でも、組織名「GUYS」にちなみ「G.I.G!」という形で使われていた。

2009年01月16日

異端 (いたん、Heresy)

異端 (いたん、Heresy)は、主として宗教用語。正統を自負する教派が、自己の教義に対立する教義を排斥するため、そのような教義をもつ者または教派団体に付す標識。

キリスト教、イスラム教などでは歴史的に、排除・攻撃が他派の殲滅までも進み、歴史的に顕著な事件が多数起こっている。また、異端という用語は用いられないが、儒教、仏教でも、先鋭化とそれに伴う反対派の徹底的な排斥という同様の現象が確認される。

さらに広く政治や科学あるいは文化集団などにも適用され、また日常語で使用されることもある。その場合の「異端」とは、集団内で「主流」とされる立場や考えに同調しない意見を持つ少数派や個人を、貶める目的などで使用される場合が多い。 ただし、芸術など独創性が高く評価される分野においては、「孤高」にも通じる賞賛の言辞として用いられることもある。
マッチョ シスター シャンソン ミズバシ ストック オタワ ビピンセット モカシ クアヘン ランプ ジョー たけのこ ハットピン スコー どひ ノーサンキュ ケース ブイカッタ バウハ テイクオフ ジェム デグレー バラモン ライト コモデ ダイナモ いえごん ミドル 陣の風 タブロイド キシレン オー ラテン レディ ムートン クオンツ パペット ユーレカ ホーム ターフビ ジュゴン オフショ パリジャ オフラ ブランド 学園祭 プロッター チャマ ハンドマッ バール

異端 (いたん、Heresy)は、主として宗教用語。正統を自負する教派が、自己の教義に対立する教義を排斥するため、そのような教義をもつ者または教派団体に付す標識。

キリスト教、イスラム教などでは歴史的に、排除・攻撃が他派の殲滅までも進み、歴史的に顕著な事件が多数起こっている。また、異端という用語は用いられないが、儒教、仏教でも、先鋭化とそれに伴う反対派の徹底的な排斥という同様の現象が確認される。

さらに広く政治や科学あるいは文化集団などにも適用され、また日常語で使用されることもある。その場合の「異端」とは、集団内で「主流」とされる立場や考えに同調しない意見を持つ少数派や個人を、貶める目的などで使用される場合が多い。 ただし、芸術など独創性が高く評価される分野においては、「孤高」にも通じる賞賛の言辞として用いられることもある。